「考える」と「覚える」のバランス
先日、生徒の一人が質問に来た問題で、計算の最後に
の値が必要となるものがあった。
数学2の三角関数を一通り学んだ人なら分かると思うが、この値は「加法定理(およびそれに関連する倍角・半角)」を使わなければ求められない。
彼がどのようにするかを、あえて口出しせずに見守っていると、
と考え、半角の公式を使うことにしたようだ。だが残念なことに、その正確な式を忘れてしまっていた。
そこで彼は次のよう考えた。
1.tan の加法定理を用いる
まず最初に、tan の加法定理の公式

は覚えていたので、
として

を導く(これは tan の2倍角の公式そのもの)。
ここに
として、

とし、彼なりの「半角の公式」を作った。ここで筆者はすかさず、
「確かに
とすればよさそうだけど、そうすると
の値が分からないと使えなくない?(もちろんそんな値はすぐには分からない)」
と突っ込む。だがしかし、「2倍角を用いて半角を作る」というのは sin や cos の半角の公式を作る方法そのものなので、やりたいことは伝わる。
2.ヒントを出す
そこで筆者は、「
だよね」とヒントを出してみる。
すると彼は cos の2倍角の公式から、sin と cos の半角の公式
,
を導き出し、

として、「正式な」半角の公式を作った。
3.
の値から求める
tan の半角の公式は完成。晴れて
とし、まずは
の値から求める。


・・・彼は繁分数式の計算がきちんとできた。

・・・分母の有理化。2乗の展開はしないほうがいいと彼にアドバイス。
4.
の値を求める
かつ
より、
これで完成。ところが次のようにするほうが少し早いし、細かいことを気にしなくても済む。
tan の加法定理の1つである
において
,
として、


彼には最後にこのことをアドバイスすると、「そうか〜!」と納得して去っていった。
自分でやり方を考え付く、というのは素晴らしいこと。これを続けていると、数学の力が格段に伸びることは間違いない。だから彼のやり方は全然悪くないのだが、一方で、試行錯誤している分時間を食うことも確かだ。
昔の筆者も「考える」ことだけにこだわりすぎて、問題を解くときにいちいち公式から作っていた。もちろんその作業が今の仕事につながっているのだが、当時はそれで時間が掛かりすぎて、試験中では制限時間内に解ききれないなどということもあった。またその都度解法を新たに考えるので、全体的に見て解法の統一感がなかった。
自分のやり方にこだわるのは大いに結構なことだけれど、やり方の決まっているものはいっそのこと、四の五の考えずにまずはそれに従ってみる、というのもまた大事なことである。
まず先にやり方を「覚えて」しまい、その後で改めて自分のやり方を「考えて」みる。「覚える」だけだと苦痛なだけで面白くないし、「考える」だけでもやたらと時間を食う。両方のバランスを適度に保つことが大事なのではないだろうか。
(2007.05.09)
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